クロアチア/ドゥブロヴニクの旧市街
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クロアチア/ドゥブロヴニクの旧市街
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当サイトでは、世界各国に分布する世界遺産の情報を地域別に紹介しています。現在では、世界遺産を取りまく環境も複雑化、
多様化しています。地球・人類が遺し育んだ歴史や文化・自然を大切に守り、次の時代へと受け継いでほしいと願っています。
国内・海外旅行などへ行かれる前に世界遺産に対する予備知識を深めていただき、より思い出深い旅行となれば幸いです。 |
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クロアチア/ドゥブロヴニクの旧市街
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【場 所】
クロアチア/ドゥブロヴニク県
【登録範囲】
城壁に囲まれた旧市街、及び城壁外の歴史地区の一部。
【登録基準】〜文化遺産@BC〜
【1979年登録 1994年範囲拡大】
人類の創造的資質を示す傑作。
現存する、あるいは消滅した文化的伝統・文明に関する独特な証拠を示すもの。重要な様式の建築物、人類の歴史上、重要な発展段階を示す景観の見本。
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クロアチア/ドゥブロヴニクの旧市街についての解説
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【クロアチア/ドゥブロヴニクの旧市街】
アドリア海に面した城塞都市ドゥブロヴニクは、その歴史を通じてビザンティン帝国、ヴェネツィア、ハンガリー、オスマン帝国と宗主国を変えてきました。しかし、独自の共和国体制を維持し、15〜16世紀には地中海の海上交易で繁栄。
富を背景に、町には聖堂や宮殿が建ち並びました。赤い瓦屋根と白壁が陽光に輝く中世の町は「アドリア海の真珠」と謳われたほどです。多数の外国船が出入りすることから、排水設備や薬局、検疫所などの公衆衛生施設が早くから完備され、町並みの美しさだけではなく機能的な港湾都市としても、アドリア海沿岸の中世都市の模範でした。
20世紀末の内戦で2000発の砲弾、爆弾を浴び、町は壊滅状態に陥りましたが、1995年以降、市民たちの手によって再建されました。建築には破壊前と同じ材料が使用され、壁の彫刻も忠実に修復されるなどして、かつての輝きを取り戻しつつあります。
内戦直後、ドゥブロヴニクは危機遺産に登録されましたが、めざましい復旧の末、1998年に危機遺産リストから除外されました。しかし、完全復旧には相当の時間と経済的援助が必要とされます。 |
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